1-1.正しい情報を捉えて甘味素材の選択を

池田 義雄

日本生活習慣病予防協会名誉会長
スローカロリー研究会顧問

――生活習慣病予防に必要なこととは何でしょうか

池田 生活習慣病の予防という視点では、食生活が非常に重要です。当協会が掲げている生活習慣病予防のスローガンは、「一無、二少、三多」です。禁煙(一無)をし、食事は腹八分目でお酒はほどほど(二少)、さらに運動を良くして休養をしっかりとり、多くの人や事・物に接する(三多)。一無、二少、三多を守り、ストレスを溜めないことが生活習慣病予防につながると考えています。

――日本生活習慣病予防協会では、糖質をどのように捉えているのでしょうか

池田 糖質制限や特殊な減量食などの必要性について、当協会の考え方はニュートラルです。一般論として、古くからの食生活の中で主食である穀類から摂取する糖質は欠かせない素材であり、エネルギー供給源としての割合は高いです。これを大幅に制限することは、長い食習慣に反することになり、実行しようとすると非常に困難で長続きしません。日本糖尿病学会が推奨している糖尿病食は糖質の割合が最低でも50%であり、適正量は60%というのが以前からの主張です。当協会としても食生活に関して体重が増えない、肥満に至らないエネルギー摂取量を守り、その中で栄養素のバランスは従来からの比率に問題はないと考えます。ただし、糖尿病状態にある方、特に予備軍といわれる方で空腹時の血糖値は正常であっても食後に高血糖がみられることがあります。この高血糖が酸化ストレスを生み出すことが分かってきていますので、軽症糖尿病や糖尿病予備軍の方では、糖質に関して若干の制限が食後高血糖を抑えることにはつながります。

 一方、糖質制限に対して、栄養学的にエビデンスはあるのかという議論があります。短期的なエビデンスはあるようですが、糖質を意識せず摂取してきた長い食習慣において、日本人の健康や疾病罹患度、死亡率などに関しては悪くはなっておらず、むしろ平均寿命は延び続けています。多くの疾患で亡くなるといっても、前期高齢から後期高齢で亡くなっているわけで、それ以上に寿命を延ばすための食生活の工夫は不要だと思います。

――最近は、砂糖を代替する甘味素材が多くみられますね

池田 甘味料に関しては、長年にわたり砂糖が使われてきました。軽症糖尿病や糖尿病予備軍の方では、砂糖は血糖を急激に上昇させるために過剰な摂取は控えてもらいたいですね。しかし、食を楽しみたいという欲は抑えられません。そのため、甘いものを摂取する際は、砂糖以外の甘味素材を上手に活用することが望まれます。ここで間違ってはいけないことは、砂糖がいけないわけではありません。日本人の砂糖消費量は、世界的にみれば少ない方だといえます。ただ、日本人の1~2割の人が1日50gを超える過剰な摂取をしているのが現状です。そのような人が糖尿病の予備軍となります。しかし主要な糖質素材である砂糖を大幅に制限することは現実的に難しいため、治療上では代替甘味素材を活用することも選択肢の一つです。その中で、食後の血糖上昇を抑えることが可能な、砂糖に代わるエネルギーのある甘味素材が評価されるようになってきました。

 一方で、エネルギーを持たない甘味度の高い素材も多くあります。しかし、糖尿病の食事療法指導では「高甘味度甘味料を使いなさい」とは言いません。高甘味度甘味料はエネルギーを持たないため、本当の意味での身体の満足は得られません。そのため、高甘味度甘味料で食事療法を進めてきた人も、経験的にはいずれ砂糖に回帰してしまいます。そして、再度、大量の砂糖を摂取する傾向がみられます。甘味素材の選択の中で、どのように評価して食生活に活かすかは、個々人で考えていただきたいですね。現在、情報は沢山ありますので、正しい情報を捉えて甘味素材の選択肢に活かしてもらいたいと考えます。

出典:食品化学新聞 2014年10月30日(第2557号)

1-2.欧米では賛否両論の糖質制限食

――糖質は、過去および現在において糖尿病治療の観点でどのように扱われてきたのでしょうか

池田 インスリンが発見される1921年以前は、1型糖尿病患者(インスリンを合成・分泌する膵臓のβ細胞が破壊され、インスリン分泌が消失した状態。インスリン注射が必要となる。)が砂糖を大量に摂取すると死に至るケースがありました。血糖値が急上昇して血糖コントロールを急激に増悪させ、そういう日々が続く中で昏睡を起こして亡くなります。この時代の1型糖尿病の治療は、完全糖質制限という非常に苦しい治療が行われてきました。当時は、2型糖尿病(膵臓のβ細胞からのインスリン分泌が低下したり、過食、運動不足、肥満、ストレスや加齢などによって臓器でのインスリンの働きが妨げられることにより発症。)に対してもこれといった治療法がなかったために糖質を制限し、脂肪を多く摂らせる治療法でした。しかし、インスリンが発見された後は、1型糖尿病の救命ができる時代に入ります。また、1型糖尿病でもインスリン治療が高度に進化してきたために、平均寿命を著しく低下させることはなくなりました。現在は、過去のインスリン発見以前の糖質制限の時代に比べて、1型糖尿病において糖質を制限することはありません。その流れの中で、2型糖尿病においても高度に糖質を制限する治療法はなくなりました。

――欧米と日本の医師では糖質に関連する食事療法の考え方に違いはありますか

池田 米国では、「糖尿病食」という概念はなくなりました。バランス良く食事を摂取し、肥満に至らないようにする。指標はBMIにあり、個々人が適正を保つ。また、保てるような食生活をする。量や摂取する栄養素の割合も本人が決めます。結果は体重に表れますので、BMIでみて適正な範囲であれば良いという考え方です。欧米であれば25未満が維持できていれば問題ありません。要するに、糖尿病食としての食事療法を米国は放棄したわけですね。一方、日本はそこまでではないものの、日本糖尿病学会の姿勢も食事療法に対しては非常に緩やかになってきているのが現状です。近年再び話題になっている糖質制限食に関しては、欧米では賛否両論です。米国のロバート・アトキンス先生が提唱する低糖質食は、一時的に体重を減少させるのに良い効果があり、血糖値に関しても糖尿病患者の血糖コントロールに寄与することが短期には分かっています。個々の患者の状態をみながら糖質制限の食事指導をされる先生もいますし、BMIが適正になるような食事で十分だという考え方の先生も多くいます。また欧米では、糖尿病を含めた生活習慣病に地中海食が有効であるといったエビデンスがでています。いわゆる、イタリアンでしょうか。それを推奨し、取り入れている先生もいます。これは、糖質が若干制限されており、オリーブオイルを中心に油脂類の摂取が多めになります。それでも栄養素の全体のバランスは、かけ離れたものではありません。日本では日本糖尿病学会が食品交換表を作成し、バランス食を勧めています。そのバランス食で、適正体重が維持できる範囲に制限することを50年間やっていますし、それが大きく変わってきていることはありません。

――話がでました糖質制限についてお聞かせください

池田 最近、糖質制限が糖尿病の食後高血糖に対して非常に有用度が高いというエビデンスを踏まえて、症例によっては糖質からのエネルギー摂取割合を40~50%程度に制限することがあります。ただし、低糖質の食事療法が長期に続けられるのかといったことや、糖質を制限した場合にエネルギーの一定量を保つには脂質やタンパク質が増えてしまうことへの懸念があります。相対的に増えた脂質やタンパク質、特に動物性のものが長期的に患者の動脈硬化をはじめとする危険度に対して、増すかもしれないということは忘れてはいけません。それを踏まえて、比較的短期に血糖コントロールを行うことは有効です。例えば、糖質を40%に制限した食事を6カ月続けたことで十分血糖コントロールに寄与するものの、それを超える長期のエビデンスはでていません。

 食生活は、日々の楽しみの中心でもあるため、極端な食事制限は長続きしません。ただし砂糖に関しては、日本糖尿病学会の食品交換表では"砂糖はできるだけひかえめにすること。人工(合成)甘味料の使用については主治医や管理栄養士の指導を受けること。"といった記述がありますので、砂糖に代わる甘味料が糖尿病の食事療法の世界では売り込まれ、ゼロカロリー甘味素材を使う人が増えてきました。一方、砂糖と同等の栄養価で、かつ食後の高血糖を急激に上昇させない食品素材が求められています。これからは、エネルギーはあるが機能性の高い甘味素材で、且つ砂糖の代替として使用できるものがどのように市場で評価されていくのか興味深いですね。

出典:食品化学新聞 2014年11月13日(第2559号)

1-3.糖質の"質"を考慮して取り入れる

――糖質を極端に制限するということは、日常生活では難しいのですね

池田 糖尿病患者やその予備軍における糖質制限食の有用性は、短期的には明らかです。長期的にはタンパク質や脂質の過剰摂取による弊害など、議論が必要ですのでお勧めできません。短期的な視点であっても、糖質からの摂取エネルギーを20~40%程度に抑えるといった極端な糖質制限は、入院状態の患者に対して厳重な監視下で行わなければ実現することは難しいですね。メニュー的にも難しいと思います。

――タニタ食堂では、糖質についてどのような配慮がなされているのでしょうか

池田 タニタ食堂のは、緩和な糖質制限食といえます。通常のランチでは、60%程度が糖質からのエネルギー摂取となりますが、タニタ食堂では大体40~50%の範囲になっています。ただし、全体のエネルギーの中でタンパク質や脂質、ビタミンやミネラルを供給する野菜・果物などを確保した上で、食事を摂る方ご自身で健康や理想の体重を意識して、米飯やパンといった穀類でエネルギー全体量の調整をしてもらう形をとっています。自己管理が重要ですね。

――自己管理が重要とのことですが、何を指標とするのが好ましいのでしょうか

池田 来年から始まる日本の新しい「食生活指針」が厚生労働省から発表されていますが、結局のところエンドポイントはBMIです。従来は、摂取エネルギーを考慮して食事量を考えていくものでした。これは、理論的には正しいのですが現実的ではありませんでした。摂取エネルギーと消費エネルギーを正確に測ることはできません。要するに、結果は体重や体脂肪に表れてくるということです。そのため、新しい食生活指針は、目標とするBMIに近づけるような食生活を送りましょうということです。米国の指針と同様であり、何をどれだけ食べるのかは自己管理しなさいと、国民に丸投げしたとも言えますね。米国では、すでに取り入れられており、糖尿病の患者ですら決めるのは自分自身です。しかし、この考え方は決して間違いではいないと思います。

――自己管理をする上での注意点は

池田 自己管理をしようと思うと、知識が要求されますよね。日本生活習慣病予防協会では、正しい知識の啓発活動に力を入れています。それは、特定の食材を提供するといったものでもなく、食事指導だけというわけでもありません。個々人にとって、適正なBMIはさまざまとなりますので、理想のBMIに近づけるための食事をはじめ飲酒量や運動、休養さらには禁煙を含めた啓発活動になります。必要な食材を挙げるのであれば、発酵食品や食物繊維でしょうか。この二つが満たされると結果として生活習慣病予防には有効だといえるでしょう。

――糖質についてはどのような知識が必要でしょうか

池田 まず改めて、糖質はエネルギー源としての利用率が高く、摂取した後にさまざまな有用性をもたらしてくれるということを理解するべきですね。糖質といえば砂糖と思う人が多くみられますが、米飯やパンといった穀類からの糖質摂取量の方が多く、影響も大きいです。全体のエネルギーを考慮し、穀類の量を調節すると良いでしょう。甘味料という点でいえば、安易にノンカロリーの甘味料を使用するという考え方は健常者にはお勧めできません。エネルギーのある糖質にはノンカロリーでは得られない良い効果があるのです。例えば砂糖の場合、甘味ととともに1g当たり4kcalというエネルギーが生体に付与され、その際の効果は、心地良さや疲労の回復において即効性があります。スポーツをされている方でも水分と同時に糖質を補給しなければパフォーマンスが上がりません。さらに望ましくは、糖質の"質"を考慮して取り入れるということです。同じエネルギーであっても消化吸収のされ方が異なりますので、各種ホルモンの分泌状態が異なってきます。消化吸収がゆるやかなスローカロリーの考え方を上手く食生活に取り入れることが大切です。

出典:食品化学新聞 2014年11月27日(第2561号)