はじめに

 '食'は生きていくうえで、最も重要な生活の要素ですが、生命維持のためだけではないのが、私たち'ヒト'の特権と言えるかもしれません。 食物の種をまき、育て、料理し、五感で味わい、食卓を楽しむ。あるいは、食べたいものを選び、手に入れることが自由にできる社会をもっています。そして、この豊かな日本の食生活のなかで、次に求められているのは'健康'です。

 '健康'を意識しながら食事をすることは、超高齢化問題を抱える私たち日本人にとって今後もっとも重要なテーマの1つと言えます。 健康寿命を延ばすことは、国としても、本人としても望むこと。いつまでも、食べたいものを美味しく味わいたいものです。ではどうやって?

 健康づくりの目的は個々によって異なります。病気になりにくい身体をつくることと、病気を治すことでは、とるべき手段は違います。 また、体重を減量することが健康につながる人もいれば、増量したほうが健康になる人もいます。ただ、皆に共通するのは、 私たちは死ぬまで食物を摂取し、内臓で消化吸収・排泄をし続けるということ。毎日、何をどのように食べてきたかが、いまの身体の元になっているということです。

 健康づくりを意識した食生活は、個々のニーズに合わせながら生活全体をマネジメントする必要があります。なかでも、 「スローカロリー」をキーワードに実践していくことで、様々な目的、ニーズの実現が可能になると考えます。 私たちにとって馴染みのある方法論ばかりですが、実は「スローカロリー」につながることばかりです。では、各論を見てみましょう。

規則正しい食生活

 糖尿病や高脂血症、肥満といった生活習慣病のリスクを低減するために、まず必要なのは規則正しい食生活です。朝食を抜く、夜中に食事をするといった不規則な食事の習慣は、生体リズムを乱し、内臓脂肪蓄積の原因になります。

 太りにくい、健やかな身体づくりのためにも、食事の量や内容について気を配るとともに、食事をする時間や食べ方にも注意する必要があるのです。

 また近年、「糖質制限」の考え方が一般生活者にも広がり、主にダイエット法として注目されています。「主食を抜けばやせる」、「糖質を食べなければ健康になる」さらには「糖質以外ならいくら食べても大丈夫」といったものにまでエスカレートしている風潮も見受けられます。しかし、やみくもな糖質制限は栄養のバランスを欠き、健康を害する可能性があります。

 日本人の平均BMIの推移を見てみると、男性は、各年代とも平均BMIが増加している傾向にあり、肥満予防・メタボ予防の課題が今も残っています。逆に女性の場合は、若い世代で平均BMIが減少傾向にあり、痩せ過ぎで健康な子供が産めないといった課題が挙がっています。それぞれの年齢や体調、趣向に合った食を選択肢、必要なエネルギー量、栄養バランスを維持しながら糖質を摂取することが必要です。

サラダを先に食べる

 肥満や動脈硬化のリスクを高める大きな要因となるインスリンの過剰な分泌を抑えるため、血糖値を急激に上昇させるのを防ぐ手軽な食事療法として、食べる順番を変える方法が関心を集めています。

具体的には

  1. サラダなど食物繊維の多い野菜料理、
  2. たんぱく質中心のメインのおかず
  3. ごはん、パン、めん類など糖質中心の主食

の順番となります。

 この順番で食べるだけで、料理ごとの栄養バランスやエネルギー量などを細かく計算することはないという手軽さ。血糖値を測る基準となるヘモグロビンA1cも下がることが報告されています。

 食べる順番を変えるだけで、どうして血糖値がコントロールできるでしょう。例えば糖質の多いごはんなどの主食を先に食べてしまうと、糖質が急速に消化・吸収されて、血糖値が急激に上昇し、膵臓からのインスリンの分泌を促してしまいます。ですので、芋類、大豆以外の豆類、かぼちゃ、とうもろこし以外の糖質の少ない野菜を先に食べます。初めに食物繊維が豊富な料理を食べることで、腸内での糖質の吸収を緩やかにして血糖値を上がりにくくします。加えて食欲や体重抑制の働きのあるインクレチンというホルモンの分泌も促します。

 次に食べるのは、肉や魚、大豆食品などたんぱく質中心のおかずです。野菜ほどではありませんが、主食よりは血糖値が上がりにくいので、野菜の次に食べることで糖質の吸収をさらに緩やかにします。最後に主食を食べることで、過食を防止することもできます。

よく噛んでたべる

 食べ始めてから脳の満腹中枢が働くまでは約20分かかるため、よく噛んでゆっくり食べることが過食の防止につながります。調理の際もかたい食材を選んだり、大きめに切ったりすることで咀嚼回数を増やすことができます。主食のごはんも白米よりも玄米、雑穀、押し麦などがおすすめです。

 またゆっくり食べることで消化管ホルモンの一種であるインクレチンの分泌がより高まるとされています。インクレチンは満腹感の持続といった作用があるほか、膵臓β細胞からのインスリン分泌を増加させたり、膵臓α細胞から肝臓に働きかけて血糖値を上げるグルカゴン分泌を抑制したりします。

 これらの作用が、血糖値が上昇しているときにだけ発揮され、血糖値が正常値にコントロールされているときには働かないことに着目し、2型糖尿病患者さんにおける高血糖改善の新しいアプローチとして期待が集まっています。

食物繊維の多い献立

 食物繊維には、水溶性と不溶性の2つのタイプがありますが、血糖値の上昇を抑制する効果があるのは「水溶性の食物繊維」です。

 水溶性食物繊維の多くは水に溶けると高い粘性を示し、食事内容物の胃内滞留時間を延長させ、腹持ちがいいという特徴があります。加えて小腸内で糖質の消化・吸収をゆるやかにし、急激な血糖値の上昇を抑えることから、糖尿病の予防や治療において重要な効果が期待されます。さらに血清コレステロール値を正常化し、動脈硬化を予防する効果もあります。水溶性の食物繊維が豊富な食材は、海藻類ときのこ類、乾物類、こんにゃくです。

 一方、野菜や豆類などに含まれる不溶性の食物繊維は、胃や腸で水分を吸収して大きくふくらむことから満腹感を得られ、腸を刺激して便通を促します。そして、かたさがあることから、咀嚼回数が増えるという利点もあります。

 水溶性、不溶性を問わず、食物繊維は善玉菌を増やし、腸内環境を良くします。免疫機能の大半を腸が担っているため、免疫機能を高め、様々な病気の予防につながります。

糖質の量や質を吟味する

 糖質の役割ですが、味はもちろん、料理に食感や色艶を与え、保存性を高めるといった機能を持っています。また糖質はエネルギーの源であり、脳機能の維持やスポーツのパフォーマンス向上に欠かせないものです。例えば成長期の子供やスポーツ選手、妊娠中の女性などは、適切の摂取することが必要となってきます。

 当然、病的な状態にある場合は、糖質制限は大変重要です。しかし健康な方やメタボの予備軍の方々にとっては、「食べ過ぎない」といった「量」の視点だけではなく、さらに発展させて「質」の視点で考えていくことが重要かと思います。「どんな糖質をどのように食べるのか?」「それぞれの糖質の代謝のされ方は?」といった質の視点です。

 血糖値の上がりやすさを示すGIの考え方をさらに発展させたものが、スローカロリーの考え方です。

 糖質の多いごはん、パンといった主食を食べる際には、玄米や全粒粉パンなどできるだけ精製度が低い素材を選び、砂糖についてもミネラル分を多く含む黒糖やきび砂糖を使用するのがいいでしょう。オリゴ糖は糖質が吸収されにくく、血糖値が上がりにくいことに加え、善玉菌を増やし、腸内環境を良くしてくれます。

 低カロリー甘味料や人工甘味料などの非糖質系甘味料については、糖質制限という考え方のもとに、身体に負担がなく、いくら食べても大丈夫かのような扱いをする人もいます。しかし2014年、科学誌「ネイチャー」に「人工甘味料が耐糖能異常を引き起こし、結果として糖尿病を引き起こす可能性がある」という記事が掲載されました。実験により、ヒトでも耐糖能異常と腸内細菌の変化が見られたということで、現在、様々な議論が行われています。

小腸からの消化吸収がゆっくり

 糖質の中には、小腸上部で速く消化吸収されるものや、小腸の下部まで届き、小腸全体でゆっくり消化吸収されるものがあります。

 消化吸収が早い場合、肝臓への糖流入速度が早くなり、急激な血糖上昇とインスリンの過剰分泌を起こす場合があります。健康な方には特に問題となりませんが、耐糖能の衰えた方にとってはリスクになります。一方、ゆっくり消化吸収されれば、肝臓への糖流入速度が遅く、血糖がゆっくり上がり、インスリンを適量分泌し、血糖がゆっくり下がるということになります。  その結果、内臓脂肪がつきにくかったり、血圧が下がったり、満腹感が持続するといった効果が期待できます。

 また小腸の末端まで糖質が流れることから、消化管ホルモン「インクレチン」が多く分泌され、高血糖を改善するということもわかりました。